(富士見市弓道連盟)

富士見市弓道連盟は平成2年に発足し.弓道場は市民総合体育館にあります。

毎年弓道教室を開催し弓道普及に努めています。弓道は動きが少ないですが

正しい姿勢を保つことにより自然と腹筋や背筋が鍛えられ同時に呼吸を使って弓を引きますので健康維持には素晴らしい武道だと思います。

恵まれた道場で技の上達.心身の健康.生涯スポーツとして多くの会員が弓道を楽しんでいます。経験の有無を問わず会員を募集しています。

是非一緒に弓道を楽しんでみませんか。会員一同お待ちしています。

(弓道場完成の歴史)

まず富士見市弓道連盟の歴史を語るには.市立市民総合体育館の建設にさかのぼる。昭和52年.富士見市市議会においてスポーツ振興健康増進都市宣言が採択されたことに始まり.体育館早期建設の声が高まるとともに.各種スポーツ.文化団体等からも建設の請願陳情が提出された。昭和63年12月に起工となり1年9ヶ月を経て平成2年9月20日.待望の市民総合体育館が竣工した。この中で弓道場の整備も同時に行われ.三階部分に和弓.28メートル.アーチェリー.30メートルともに5人立ちと.大・中会議室や和室2室も設けたミーテイングや会合にも利用出来る付帯設備が出来上がった。晴れて平成2年10月10日の体育の日.名実ともにスポーツ振興健康増進都市にふさわしい市民総合体育館のオープンを迎えた。この日こそ.わが富士見市弓道連盟が誇る弓道場完成の日となったのである。

(富士見市弓道連盟の誕生)

弓道場の完成に合わせ.野尻会長.平塚副会長.市職員佐藤五段.市内在住の大竹五段.他3名と事務局の菅谷二段の10名そこそこのスタッフが発起人となって協議を重ねながら.平成2年11月3日に念願の富士見市弓道連盟が設立された。

野尻会長の並々ならぬ不断の努力と弓道を愛するひたむきな情熱.また会長を支えた平塚.佐藤両氏の大きな力も連盟発足の経過を語るにはなくてはならない存在である。菅谷氏も.会長の手足となり協力を惜しまず尽された姿は.多くの会員が敬服する所であった。連盟という器は.協調・一人一役・共同・礼節・常識・仲間・これらをしっかり練り上げて.有田焼にも負けない富士見焼きを作り.その器の中で楽しく澄心・錬心に励もう.これが大目標である(会長 野尻昌昭) こうして富士見市弓道連盟の誕生を見る訳であるが.その奥には.県弓道連盟松沢会長を初め.武道館の先生方.玉之内支部長等の適切なご指導があってのことであり.ここに深く感謝を申し上げる次第である。

(富士見市弓道連盟の生い立ち)

こうして連盟が発足したが.次は道場の完成と連盟の設立を市民にお知らせし.なんとしても会員の増強をもって弓道の普及を図っていくことにあり.市の広報に「初心者教室』を載せ.15名ほど加入があった。

平成3年1月より.野尻会長.平塚.佐藤兩五段の熱心な指導が始まり.初心者の方々も真剣に励んでその成果も除除に現れ.会員の技術も顕著に向上するとともに連盟も充実した。初心者教室は.愛好者の育成を目的に.毎年10月から3月までの6ヶ月間を実施教室も順調に進み.平成3年秋の審査には初段合格者も出て練習にも一層拍車がかかった。そのようななか富士見市は.平成4年に市制施行20周年を迎え.これを祝して7月に武道演武祭が開催され.当連盟も参加して多くの市民に弓道を紹介する機会に恵まれ.大いに人気を博し.演武祭も成功裡に終わる事が出来た。次いで平成4年11月15日.発足3周年を機に道場の披露を兼ねた祝射会を行う事になり.県弓道連盟より.松沢岳会長を初め.坂本.日向.吉野.小川.天野.柴崎の諸先生方を迎えることができた。行政からは市長.市議会議長.教育長.県会議員体育協会会長.などにご出席いただいた。3周年.5周年についで.平成9年11月には7周年の祝射会を行った。中部支部長玉之内先生.川越市弓道連盟会長鈴木先生.中部支部副支部長大久保先生のご臨席を賜り.今後の連盟発展はもちろんのこと富士見市における弓道の振興にとって.誠に意義深い祝射会となった。今日の連盟発展と会員の技術の向上の陰には.多忙な身にもかかわらず何回となく足をお運びいただいた新井勲夫先生.玉之内先生達のご指導が有り.改めて感謝申し上げるとともに.埼弓連松沢会長を初め役員各位並びに各連盟の皆様のご指導ご鞭撻をお願い申し上げます。(富士見市市長 萩原定次郎)

講習会のお知らせ

 

 

 

5月20日 五段以上

審査会のお知らせ

 

5月20日 定期中央審査